凹地の家
2021年 竣工
所在地:愛知県知多郡
用途:専用住宅
敷地面積:211.92㎡
建築面積:74.52㎡
延床面積:129.84㎡
規模:地上2階
構造・工法:木造
担当:境原桃太・境原彩香
構造:ストラリズモ一級建築士事務所
施工:誠和建設(株)
市街化調整区域にあるちいさな住宅群の一角。実家の敷地を分筆して夫婦と2人の子どものための住宅を計画する。母屋の住環境への配慮、世帯毎のプライバシー確保、夫婦専用の駐車場を用意するなど実家との関係性に配慮した要望が目立った。関係性を隔てるのではなく、各世帯のプライバシーを守りつつ適度な距離感を保って暮らすことを望んでいた。
実家の敷地は北西の角地で、接道している北側道路が西へ向かって鈍角に折れ曲がり下っていく坂道に面しており、東道路面と南隣地面が最高で3.5mほどの擁壁で支えられた高台になっている。与えられた計画地は母屋の庭先部分で、間口10.5m奥行き20.7mのやや細長い形状をしており、隣地と擁壁に囲まれて接道していない。実際に訪れてみると、周囲との高低差が舞台上のような晒された感覚を強調するせいか、どこか落ち着かない印象を受けた。
調査を進めてみるといずれの擁壁も既存不適格扱いとなった。敷地全体が盛土で造成されているため地盤も頼りなく、杭などを用いてその場しのぎの対処法で建築することは不可能ではないが、いずれにしろ接道させるため擁壁に手を加えなければならない。西側道路面の擁壁は巨石を積み上げた空積み擁壁で、一部が母屋の基礎を直接受けており、ひび割れて沈下し始めている箇所も見受けられるほど危険な状態にあった。構造家の立会いのもと、地盤の安全性を担保するための措置が必須であると判断された。
老朽化した擁壁の危険性は社会問題に発展している。擁壁を維持管理する責任は所有者が負うことになるが、その社会的認識やコスト面から誰しもが適切に対処できるものではないにもかかわらず、擁壁を多用して宅地を量産してきた時代背景に起因する。擁壁を残し管理していくことに施主は不安を感じていた。これを機会に土地を擁壁から解放し、そのうえで与えられた環境条件と真摯に向き合ってみることのほうが、より進歩的で豊かさに満ちた暮らしの場を創造できるのではないか。こうして、できるだけ擁壁に頼らずに建築する方法を目指すことになった。
検討を進める中で、幼少期の経験を思い出していた。山や原っぱで遊んでいるとき、凹地(おうち)を見つけるとちょっとした特等席のような気分で身を潜めた。拠り所のない自然の中で、包まれることに潜在的な安心感を覚えていたのだろう。竪穴式住居や穴居という住居形式が世界各地で発明され、また「母なる大地」という共通言語が示すように、土中の恒温性能を求めるだけでなく、太古の人々は大地に潜る・出るという行為(母神性)に重きを置いていたという民族学的見解がある。諸説はあっても、子どもながらに感じていた安心感はその起源と無関係ではないように思う。洞窟のように強い閉塞感はかえって不安を煽ることもあるが、凹みと呼べるくらいの按配で、身を潜めることも顔を覗かせることも選択できるおおらかな包容力のある場所になったら心地良さそうだ。
計画地全体を安全角の法面として掘り下げることで既存擁壁をできる限り減築し、東側道路面の実家を支える残った空積み擁壁を補強する役割と土留めを兼ねたRC擁壁だけ新たに築造した。斜面、迫る家々と繁る竹藪によってぽっかりと凹地のような場所がうまれ、そこに身を潜めるように建築する。間口の狭い敷地において法面処理だけで高低差を解消するのは難しく、基礎が法下を少しだけ受け止める形をとった。それが結果として大地と建築の関係性をより親密にし、凹地の中に身を置くような臨場感を高めた。
北東側の法面に影を落とさないよう高さを抑え、太陽高度から勾配を導いた片流れ屋根とすることで、明るい斜面の庭を実現した。斜面に向かって積極的に開くことで実家との関わりを残しながら、豊かな朝日や斜面からの反射光を取り込むという副次的効果にも期待している。南西面は隣家が近接しているため少し背伸びするように最高高さを設定し、設えた高窓が移ろう陽をとらえる。屋根の下中央に雛壇状の共用空間を配置することで、気分に応じて居場所を選ぶことができる。ホールに身を置けば外の気配に触れたり空を仰ぐことができる伸びやかな開放性を与え、斜面の庭と屋根がLDKへの視線を遮り密やかな安心感をもたらす。
凹地の家が、自然の恵みと住人の暮らしをおおらかに包容する受け皿になることを願っている。